インタビューVol.05-2 新潟医療センター 尾潟看護部長

小川)今、尾潟看護部長はさらっとおっしゃいましたけど、国家試験はそんなにじゃあ、言うほど苦労なくクリアした感じですか?
尾潟)当時は苦労したという思い出は残ってないです。確かに勉強した記憶はありますけど。まぁそこの課程で先輩たちがみんな合格している、落ちた人がいないって言われてたので、そんなに難しくないんじゃないのみたいな感じでした。今のように模試はなかったですから。

小川)では一発勝負で?
尾潟)えぇ。

小川)もちろんそうですよね。やっぱり参考書とかを使って勉強を?
尾潟)参考書もそんなのなかったですよ。

小川)そうですか。
尾潟)学校の教科書だけ読んで勉強した記憶があります。夏休みぐらいに教科書を読んでいた記憶があるんですけど、模擬試験なんてなかったですね。その年から、国家試験は弘前で受験できるようになりました。

小川)へぇ、そうでしたか。
尾潟)ですからアパートから受験会場へ同級生と行きました。だから受験で苦労したって記憶がそんなにないんですよね。

小川)そうでしたか。
尾潟)今は状況問題とか患者さんの事例を読んで答えなきゃいけなという問題があったり、四者択一とかあったり難しいですよね。昔は確かマークシートで一つだけ選べば良かったような気がしたんですけど、違うかな?

小川)私はわからないですけど、そうですか。今の学生さんの話を聞くとみんな大変だ大変だって聞くんですけど?
尾潟)そうですよね。

小川)もう3月くらいから準備を始め、予備校に行く人は行き、夏休みも集中講座とか実習も合間に行かれて、その間に就職活動してとかって言ってるので大変だなって思って聞いてましたけど。
尾潟)そうですよね。だから私はそんなに苦労しなかったなって。

新潟医療センター病院 看護部長 尾潟恵子様

小川)就職をされて社会人になってみてと、看護学校にいて実習に行くのとでは全然違うと思うんですけれど、その時の看護師になって実際に働き始めたときの印象って覚えてらっしゃいますか?
尾潟)よく覚えていますよ。配置部署が手術室だったんですよ。

小川)新人でいきなりですか?
尾潟)はい。それも私一人じゃなくて7人新人が行ったんです。そしたら、まず手術の機械出しとかやらされるんですけど、3ヶ月経っても覚えられなくて怒られました。

小川)機械出しが?
尾潟)はい、機械出しが。でも7人もいて順番回って来ないっていうのもありましたけど。よく、友達と愚痴を言ったり、勉強していました。

小川)そうですか。
尾潟)3ヶ月目にすでに社会人になっていた友達に打ち明けたら・・・
『就職して3日、3週間、3ヶ月、3年頑張ればなんとかなる!』って言われました。そしたらまだ3ヶ月だし、もうちょっと頑張れば1年だしと思って。そのうちに1年経って次に後輩が入ってきて、その時にここまでやってきたんだなっていうようなことが感じられて。そしたらなんとなくずるずるずるずるってきて・・・。看護学校の教員になるということは忘れ、ずっと手術室にいました。

小川)ずっといたんですか?
尾潟)結局そうですね。その間に結婚して主人が教員だったので転勤するまでずっと手術室にいました。

小川)何年くらいいらっしゃったんですか?
尾潟)9年くらいいましたかね。

小川)9年?じゃあもう超ベテランですね。
尾潟)仕事が楽しかったから続いたんでしょうね。3日、3週間、3ヶ月、3年というふうに友達は言いましたけど、今の若い人たちを見ると3ヶ月、半年も一つの区切りだと思っていて、1年、1年半、3年って。今の若い人たちは我慢ができなくなってきてるのかなと感じることがあります。

小川)そうですね。見切り付けるのが皆さん早いですからね。
尾潟)そうですね、早いですね。それで、3年経ったらじゃあ頑張ろうじゃなくてもう別のところに行こうって・・・そうなってきてますよね。

小川)それで、ご結婚されて手術室勤務もされて、もちろん旦那さんのご協力とかご家族のご協力があって働いていたと思うんですけど、夜勤って手術室もおありになったりするんですか?
尾潟)そうですね。その当時は拘束体制でした。20時まで勤務して、残りはポケットベルを持って帰るという生活をしていました。夜中に呼ばれたりとか、一晩中帰れなかったりとかってこともありましたよね。今じゃとってもそんなこと、考えられませんけど。

小川)それはやっぱり若いから出来たっていう、体力的にも?
尾潟)そうだと思いますよ。やっぱり若いからできたし、それが当たり前だと思ってましたからね。

小川)だれもそこでおかしい、文句といいますか、ちょっと楽にしてほしいと思ったんでしょうけど、口に出していうような背景じゃなかったということでしょうね。
尾潟)そうですね。楽をして仕事をしたいなんて思わなかったですよね。仕事なんてきついのが当たり前だと思ってましたから。

小川)ですよね。
尾潟)そういうふうに親から教えられてきたので。その大変な仕事の中で、やっぱり協力してみんながきつい中でお互い助け合う同僚がいたからやれたんだと思います。そういう人たちとは今もずーっと仲がいいですね。

小川)そうですか。お互い辛くても仲間意識を持って乗り越えていくとそういう想いが出てきますよね。
尾潟)そうだったと思います。今も集まればあの時あぁだったよね、こうだったよねってよく話しています。

小川)それでだんだん仕事が面白くなって、面白みを見出していかれたと思うんですけど、具体的にどんなことに自分のモチベーションが上がって、これ楽しいなとかやりがいを感じるなというふうに思われましたか?
尾潟)手術室にいたときは何ができるようになったからとかじゃなくってやっぱりみんながいるからでしたね。

小川)なるほど。
尾潟)医師も含めてチームで医療ができたことは良い経験でしたし、患者さんを助けられるところはやりがいがありました。

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