インタビューVol.05-1 新潟医療センター 尾潟看護部長

JAグループの総合病院、新潟医療センター病院の尾潟看護部長にインタビューをさせていただきました。30年に渡り、看護職を続けてこられた情熱の源泉は何か、家庭と仕事を両立の実態、未来の看護像を中心に話は進みます。冒頭はこの春に新潟医療センターに赴任された話から始まりです。

新潟医療センター病院の尾潟看護部長にインタビュー

【看護師を目指した理由】

小川)4月から新潟医療センターに?
尾潟)そうなんです。4月からです。

小川)4月前はどちらにいらっしゃったんですか?
尾潟)佐渡総合病院です。転勤で4月からこちらに来ました。

小川)なるほどー。もともと、佐渡のご出身とかではなくて?
尾潟)実家は三条なんですけど、結婚した相手が佐渡の人で。

小川)なるほど。
尾潟)実家に帰るよって言われて佐渡について行きました。佐渡に行っても看護師を続けようと思っていたので、佐渡総合病院に就職しました。それから佐渡に19年間いまして、転勤ですって言われてこちらに来ました。

小川)じゃあ、ご家族は佐渡に?
尾潟)えぇー、夫だけですけど佐渡にいます。

小川)なるほど。じゃあ、4月から約半年こちらに働かれて慣れたといいますか、生活ペースも整えつつ・・・?
尾潟)そうですね、やっと慣れてきたかなっていう感じですね。だから新人さん達の苦労もよくわかります。笑

小川)むこうでも看護部長をしてらっしゃったんですか?
尾潟)そうですね。最後の4年していました。

小川)尾潟看護部長はもうキャリアとしては20年くらい?
尾潟)そうですね、今年で30年になります。

小川)あっそうでしたか。失礼いたしました。
尾潟)いえいえ。

小川)30年のキャリアを踏んでこられて、今に至るわけなんですけれど、ちょっと昔話をしていただきたいんですが、そもそも看護職になろうかなと思った理由、きっかけをお聞かせいただきたいんですけれど。
尾潟)佐渡の高校生が一人でも多く看護師になって地元に残ってほしいと考えて、看護部長になってから4年間、1年に1回高校に話に行き、その中で看護師になったいきさつを話していました。

小川)そうなんですね。
尾潟)はい、あーそういえばそんなことを高校生に話してたなーとか思い出していました。親が、私が大人になった時にちゃんと生きていけるように手に職をつけてもらいたいと母親はよく言ってました。

小川)なるほど。
尾潟)そんな中で看護職なんかもあるよーみたいなことを言われたんですよ。なんですけど、そうかなーくらいでなろうなんて小学校の時はいませんでした。中学生になった時に、口の中に出来物ができたんですね。近くの耳鼻科に行ったらそれは手術しなきゃいけないけれど、ここじゃできないから大きい病院にいきなさいって言われて、長岡の病院を紹介され、5日間入院しました。その時に看護師ってこんな仕事なんだなってことは少しは見てましたけど、なろうなんて思ってなかったですね。その後、高校に進学して高校の担任の教師もやっぱり手に職を持てと、自分のプロフェッショナルな仕事を持つようになりなさいとみんなに話していました。同級生は俺は新聞記者になるだの、いろんなことを言っていてじゃあ私はどうしようかなと思ったんですけど。ある時、大学に行きたい人は手をあげろと言われたんです。それで、みんな手をあげるんですよ、進学校だったから。

小川)なるほど。
尾潟)だから私もつられて手を挙げたんですけど、じゃあ何するかって言われても決められなかったです。そしたら、担任の教師に養護教諭はどうかと言われて。それで養護教諭でもいいのかなって、大学行けばなれるしなーって思ってたんですけど、養護教諭だけの課程もその頃あまりなかったんですよね。今はたくさん、養護教諭を養成する大学はありますが、その当時は知りませんでした。それで看護師の免許も取れて、養護教諭と衛生看護科の教員免許ももらえるという大学があったんで行ったんですね。

小川)では、学校の先生から養護教諭になればっていう一言がきっかけに?
尾潟)そうですね。あとは親が看護師はどう?とか言ってくれて、それ一つに決めるのではなくて、どれでも選べるところがいいよって、手に職だよって言ってくれたこともですかね。

小川)もちろん、大学は4年間ですよね?
尾潟)そうですね。

小川)養護教諭って4年通って、その後また特別に勉強したりされるんですか?
尾潟)いえっ、その時はその4年で免許をもらって、すぐ採用試験を受ければよかったんですけど、なかなか空かないっていう時代でした。まぁ今もそうなんですけど。

小川)そうですよね。養護教諭の採用試験って狭き門ですよね。
尾潟)そうですね。まぁ実家に帰ってこようかなって思って、結局看護師に。実習に行く中で、技術も何もできなくて、養護教諭になってもどうしょもないのかなーとか、いろんな事考えて。まぁ看護学校の教員になるにしても、やっぱり、何もできなくて看護師として一人前じゃないのにそんなことを教えられないと思って。それで看護学校がある病院に就職したんです。

小川)看護学校がある病院で、看護職として就職をしたわけですか?
尾潟)えぇ。看護職として就職をしました。

小川)そこで、社会人の第一歩として看護職として働き始めたわけですね。
尾潟)はい。

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