インタビューVol.04-1 佐潟荘 斎藤看護部長

小川)もう看護部長さんは長いですよね。何年位になりますか。
斎藤)44年に入りました。初めは看護助手で入ったんです。その後、准看免許を取って、それから看護師免許を取りました。看護学校は結婚してから行きました。

小川)看護助手の期間は何年ぐらいあったのですか。
斎藤)独身時代は助手で、20歳で結婚したので、はっきり覚えていませんが、ここで奨学金をもらって働きながら、学校に行っていました。国家試験の勉強は、看護学校に行ってる時しかできなかったので、必死でした。家庭に帰れば、勉強のことは全て忘れました。

小川)家庭と仕事と勉強を両立しながら、看護師さんを目指してらっしゃったわけですか。
斎藤)そうです。

小川)高校生の頃から、看護師さんの世界に進みたいというのはあったのですか。
斎藤)精神科に興味があったんです。精神・心を病むということは、誰にでもある悩みじゃないですか。同じ人間なのに、どういう人が悩んで、入院したりしているのかなっていうことに興味がありました。

佐潟荘 斎藤看護部長

小川)看護学生と話をしていると、看護すること、人のお世話をすることに興味があって、絶対看護師になりたいっていう思いの方よりも、看護師の資格を取れば、これからずっと生きてくのに、職があって大丈夫だっていう考えの人の方が、最近は多いように感じるのですが。
斎藤)今は時代の流れで、それが普通だと思うんですよ。私が看護師になった44年前というのは、そういう時代ではないですよね。今の時代ですと、やっぱり憧れですよね。手に職をつける、給料が安定してるって考えるのも普通ですよ。昔と違って、今はそれほど貧しくないですから、それは普通だと思いますけどね。

小川)看護部長さんが精神科に希望を抱いた昭和40年代頃は、今ほど、心の病とかが、社会的にクローズアップされるような時代背景ではなかったと思うのですが。
斎藤)私が小さい時は、よその家の裏を通ると、座敷牢が見えたんですよ。

小川)それは民家ですよね。
斎藤)噂にも聞いていましたので、個人的にとても興味があったんです。

小川)それが、この世界に入られたきっかけでしょうか。
斎藤)そうです。同じ人間なのにっていう思いが、いつも私の中にはあるんですよ。一般科は考えてませんでした。

小川)実際に入ってみた時に、外から見えていた世界と中から見た世界というのは、多分、だいぶ違ったのではないかと思うのですが、それが、さらに資格を取るというモチベーションになったのでしょうか。
斎藤)そうですね。考えていた以上に違っていました。若いから周りに流されがちですが、やっぱり変えていかなければダメだと思いながらも、余りにも無力で、資格を取ろうと思い、准看、高看と取りましたが、やはり無力なんだと思いました。自分の看護観はちゃんと確立していけますけれども、病院を変えるとか、病棟を変えるっていうのは大変なんだなと思って、師長になりました。師長によって、その病棟は変わっていくかもしれませんが、やっぱり病院そのものを変えていかなければダメだから、部長になれば、ある程度変えていけますよね。だから、頭がいいとか悪いとかじゃなくて、私は自分の人生を自分なりにやってきただけです。

小川)そこで一歩一歩積み上げていって、今のポジションに到達したのですね。
斎藤)だから、給料の良いもっと大きな病院に行きたいとかは、ちっとも考えませんでした。患者さんには変わりないわけですから。もしどこかに行くのであれば、ここの患者さんを直してからでないとっていう感じでした。要は自分の人生ですよね。精神科って、自分が成長するのに、すごくプラスになるんです。だから、今の私があるんだと思います。もし一般科だったならば、そういう気持ちが多分起こらなかったと思います。 自分の考えを信じて、こうしていきたいというのはありましたので、強引だなと思われていることもあるかもしれません。

小川)自分の信念に基づいているから、それはもうしょうがないと割り切っていたのでしょうか。
斎藤)自分の気持ちを訴えると、周りもわかってくれているような気がして、またさらに頑張ってみようかなと思うんですよね。だから人が好き、精神科が好き。精神科は本当に自分を成長させてくれます。

小川)成長するという要素を教えていただきたいのですが。
斎藤)相手の心を知るために、勉強するわけですから。心って誰でも皆、病んでるじゃないですか。その対応の仕方を患者さん以外の普通の友達や、目の前の人にでも、活かせるので役立ちました。

小川)家庭と仕事のバランスや家事・育児など、どのように折り合いをつけていたのですか。
斎藤)実母・夫に協力してもらいました。家事と仕事のどちらも全力で行うことはできませんから。

小川)看護師さんの中には、ご結婚されると、家庭との両立が難しくて、パートに移ったり、辞めたり、子育てが終わってから、日勤だけの仕事をするっていう人が非常に多いじゃないですか。両立はどのようにしてやってきたのかなと思いまして。
斎藤)両立は少々家庭が協力すればやっていけるんですけど、問題は収入が安定していたところに、勉強するってことは減りますよね。やっぱりお金だと思うんです。でも私は奨学金をいただいたので、その点は良かったです。だから、そういう先を見越したモノの考え方をしないと無理は生じると思うんですね。

小川)何かあったら生活も困りますし、今までの生活レベルも当然ありますし。
斎藤)いくら私が「看護が好き」、「勉強が好き」といっても、家庭を犠牲にして、すごい良いことをした、ナイチンゲール精神だなんて言ってたんじゃ、全部破綻するので、やっぱりそういうことを考えていかないとダメだと思います。

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